岐阜県

岐阜県民はかなり閉鎖的

「美濃を制する者は天下を制す」という戦国時代の格言を聞いたことがある人もいるでしょう。
美濃というのは、岐阜県のむかしの名称。
古代から、東西を分かつ国として「要衝」とされてきたのが美濃でした。
木曽川、長良川、揖斐川が流れる豊かな穀倉地帯で、さらに山岳地帯もあることから、山林資源も豊富に採取することができ、戦国時代にはまさにうってつけの土地だったのです。
そんな豊かな地ではありましたが、幾多の合戦に巻き込まれることや、大きな3つの川が氾濫することで、大きな水害を招いてしまうことがありました。
そのため、この土地の人たちは、じょじょに疲弊し、それを防ぐために、「輪中」という堤防に囲まれた集落をつくりはじめたのです。
そうすると、かなり閉鎖的なコミュニティができあがってしまいました。
つまり、輪中同士の仲間とは付き合いがあっても、その他の輪中とは縁がない、もしくは興味がないなど、そのコミュニティは「輪中根性」と呼ばれるほど、精神的に結びつきを失っていきました。
名残は現在も残っているようで、自分の仲間うちでの仲間意識の強さと、他のグループへの関心の薄さは、この岐阜県の人の特徴的な性格なのかもしれません。

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