奈良県

奈良県民は自由奔放

奈良県も、京都に負けず劣らず、国際文化観光都市として発展してきました。
また京都にほど近い立地であることから、東大寺や興福寺などの大きなお寺の周りに街ができ、奈良のもとが形づくられたといわれています。
首都機能があったことのある、日本で数少ない都市のひとつで、とくに東大寺の大仏は、「奈良の大仏」として親しまれ、たくさんの観光客が「寝ていても」来てくれるような状況でした。
そうした状況は、「大仏商売」とよばれる、なにも努力しなくても「いるだけ」でモノが売れていくというような状況をつくりだしてきました。
そんなシチュエーションは「慢心」として捉えられ、年々、観光客が減っていたり、修学旅行も奈良に行かなくなっていたりします。
大仏にシカのつのがはえた「せんとくん」はなんともユニークなデザインとして話題になったように、そうした奈良県の観光活性化が、彼らの課題になっています。
なので、彼らのコミュニティは一致団結し始めたものの、元来はのんびりとマイペースで、あまり組織的にコミュニティとしてアイデンティティを持っていたというわけではありませんでした。
自己主張の強い大阪や、本音と建前を使い分ける京都と比べて、奈良県の人はのほほんとして、あまり主張が多くないという特徴があります。
が、危機感を持った奈良県は、地域のコミュニティで一致団結し、もう一度観光客の呼びこみに必死になります。

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